追悼の言葉

故 カリム・レイエス氏のお別れ会にて(1999年6月25日)

高知工業高等専門学校・電気工学科 助教授 今井一雅

高知高専の関係者を代表しまして、レイエス君へのお別れの言葉を述べさせて
頂きます。

このたびの、レイエス君の訃報を耳にした時、あまりにも突然でしたので、大
変驚きました。あんなに元気だった、レイエス君がいなくなったなんて、とて
も信じられません。

前途有望であったレイエス君が、この世にいなくなったのは、残念で残念でた
まりません。

レイエス君は、メキシコから高知高専・電気工学科の3年生に国費留学生とし
て編入し、日本での学生生活を始めました。

高知高専で学生生活をはじめた時は、ほとんどわからない日本語の授業にやっ
とついていく毎日で、大変なストレスがあったと思います。

そのストレスを発散する大きな起爆剤になったのが、インターネットでした。

レイエス君は、世界の情報が瞬時に手に入るインターネットに大変興味を持ち、
4年生になった時に、私の研究室に、毎日来るようになりました。

4年前のその当時は、今のようにインターネットは普及しておらず、日本でも
数える程しかWorld Wide Webサーバが立ち上がっておりませんでした。

二人で、毎日、その当時のWebブラウザであるMOSAICに夢中になって
おりました。今、思い出してみても、二人でインターネットの世界を探検して
いた時代はフロンティアの時代だったと思います。

レイエス君は、4年生の夏休みに、私が、今作ったら、全国の人がみんな使っ
てくれるよと「全国高専WWWマップ」の作成を勧めましたら、わずか1週間
で、作り上げてしまいました。

今では、この「全国高専WWWマップ」は、Yahooにものっており、15
万アクセスを越える大ヒットとなっております。

また、高知高専のホームページの第1版を自ら作成し、そのホームページがベ
ースになって、文部省より、高知高専のホームページが高専部門で最優秀賞を
受賞することになりました。

さらに、英語版の高知高専のホームページは、ほとんどレイエス君の手による
もので、今でも外国から多くのアクセスがあります。

レイエス君は、まさに高知高専のインターネットの歴史を、築いた一人だと言
えると思います。

また、高知県のインターネットの歴史を築いてきた研究会である高知ネットワ
ーク研究会の会合でも、2回発表しており、インターネットの世界での彼の貢
献はとても大きいと思います。

高知高専・電気工学科を卒業後、インターネットに魅せられて、高知大・情報
科学科の3年生へ編入し、学部の4年生から大学院修士2年の今まで、菊地先
生の研究室で、熱心に研究に取り組んできました。

先日会ったときも、博士課程へ行って、もっと研究をしたいと、将来の夢を、
目を輝かして語っていたのが印象に残っております。

レイエス君は、陽気で人なつっこい性格を持つ、好青年でした。多くの人に好
かれて、多くの友達がいます。レイエス君がにこにこして、もどってきてくれ
るような気がするのは、私だけではないと思います。

カリム・レイエス君、どうぞ安らかに眠って下さい。

最後に、カリム・レイエス君の突然の事故に全力をあげて対応して頂いた高知
大学の皆さんをはじめ、多くの皆様のご尽力にほんとうに感謝致します。

レイエス君は、天国から「ごめんなさい、みんなありがとうございます。」
と言っていると思います。多くの方に、ご迷惑をおかけしましたが、皆さんが
レイエス君のあの笑顔をいつまでも忘れずに覚えておいて頂けたらと思ってお
ります。

これで、私からのお別れの言葉を終わらせて頂きます。皆さん、ありがとうご
ざいました。